「有名銘柄の日本酒」をおいてあることを、
タペストリーやメニューで大きくうたう店の店舗力は弱い。
というものがあります。
酒類業界でもよく、
「いい酒を作れば売れるはず」
「いい酒を仕入れれば売れるはず」
ということが間違いであることを指摘する言も聞かれますね。
私自身も昔、
バーテンダーとしての技術研鑽に邁進していた若い頃、
お客様に言われた言葉が忘れられないのですが、
「山本くんのカクテルは美味しいんだけど、私には合わないかな…」と。
これらには共通点があります。
どの例も、向いている方向が『酒』というモノであり、
自身を介してその反対にいる『飲み手』に背を向けているという点です。
と、ここまではよくどこかで聞く話ですが、ではなぜそうなってしまうのか。
図解してみますと、
【作り手】→【売り手】→【飲み手】のあるべき姿に対して、
【作り手】⇔【売り手】/【飲み手】という状態で、
【モノ】⇔【ヒト】/【ヒト】ではなく、
【ヒト】⇔【ヒト】/【ヒト】なのですね。
「有名銘柄の日本酒」をウリにする居酒屋ならば、
その店主が蔵元に訪問して気に入ったとか、
「いい酒を仕入れれば売れるはず」という酒屋なら、
蔵元と交流する中で、人間関係が深まったり、
カクテルや技術に邁進する料理人などであれば、
憧れの先輩や同業者がいて、そうなりたいと追いかけていたり、
それらは「酒」(や料理)という単なる【モノ】ではなく、
そこに【作り手】という【ヒト】同士の関係がお客様よりも強く存在するということです。
この点を履き違えたコンサルやマーケティングを行うと、
“モノからヒト(コト)へ”とか、“モノからヒト(トキ)へ”
なんていうキャッチが通っているように見えますが、うまくいかないのですね。
実際の流通でおきていることは、
“ヒト(コトやトキ)からヒト(コトやトキ)へ”だから、
“モノからヒトへ”と言われる側はピンとこないのですね。
「いや自分は蔵元(ヒト)の良さを飲み手(ヒト)に伝えているのだ、何が悪い」と。
ごく一部の飲み手に響くからといってそれが全てかのように。
この点を打破しない限り、日本酒の復権、新市場創造はあり得ないと思っています。
環境開発計画 山本 利晴