私の前職で常に言い続けられてきた言葉です。
“ゆったりが恋しくなったら”
この言葉も同様です。
大切な人と語り合うとき、
嬉しいこと、反対に辛いことがあったときにも、
Barの扉を開ける。
そこには「酒」があり、
大切な人と酌み交わしたり、
一人で思いを巡らせながらゆったりと時間を過ごしたり、
時にはバーテンダーとの会話を楽しんだりして、
明日への活力を得たり、
人と人との関係を豊かにしたりする。
そんなことが“Bar”の、
そして「酒」の存在意義の一側面ではないでしょうか。
年明けのある業界紙で、
世界機関や、日本社会の中でも、
「酒」を悪とするような発信や議論がなされていることが取り上げられていました。
それは飲み過ぎれば健康を害することもあるでしょう。
それを言ったら、健康に良いとされるランニングもし過ぎると腰や膝を悪くするでしょうし、
健康に良いとされる食事も、摂り過ぎ、偏りがあれば健康を害することもあるでしょう。
さらに言えば、嗜好品である「酒」の楽しみを健全で文化的な大人からも取り上げて、
生命維持に必要なことばかり致し、仕事などやるべきことだけをひたすらやれば良いという世界は、
人間をブロイラーのようにしようと仕向けているかのようにまで思ってしまいます。
なにも「酒」だけが豊かさを生み出すものと言っているのではなく、
判断力も責任もある大の大人による『選択の自由』『嗜好』を奪うなと言いたいのです。
たとえこうしたことが世界的な流れで争いようがないとしても、
大切な人と語り合う豊かな時にある「酒」という文化を紡いでいく。
その一助となるべく、微力を尽くしていきたいと思うのです。
環境開発計画 山本 利晴